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2006年2月から4月で南極・南米を周りました。7大陸訪問達成!連絡先は以下でお願いします yuheihosono@hotmail.com
by yuheihosono
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ヨーロッパ周遊旅行記 第二十二日目 灼熱の大地

2006年8月27日 スペイン バルセロナ→マドリッド近郊


スペインの大地。

空はどこまでも晴れ渡り、大地の果てまで雲のかけらすら見当たらない。

大地は乾ききり、グランドキャニオンや
南米のパタゴニアを思わせる、荒涼とした大地がどこまでも続く。

スイスで日中20度台前半だった気温は、35度を超えている。

フランス・ドイツ・イタリアが緑豊かな豊穣の大地なのに比べ、
ピレネー山脈を隔てた南側は、非常に厳しい大地である。
a0032888_18234469.jpg


シエスタ、という考え方がなぜ生まれたのか、この大地に来ればよく分かる。
夜9時まで続く日照の中、酷暑の2時・3時に厳しい日差しを避けて
休養を取るということは人間の自然なリズムが
見つけ出した知恵なのである。
a0032888_18304879.jpg

(上記高速のパーキングで昼寝しました。日陰が見つけにくいんだ。)

夜、マドリッド近郊に到着。
明日朝は牛追い祭りである会場を下見。

牛追いのメインとなる道は、全長500メートルあるかないかぐらいである。

印象的なのは、道幅の狭さ、
5-6メートル程度しかない。
道の両側は、非常に頑丈そうな木製の枠で覆われている。
a0032888_1830203.jpg


こんなところにたくさん牛を放したら一体どうなってしまうのか?

スタジアムまで逃げ切るしかない。

いや、でも、どう考えても牛より早く走るのは厳しいだろう!

絶対無事に帰る、をモットーに旅をしてきたのに、
今度ばかりは自信がもてない。

ぬぬぬぅ。

明日の朝、また決断しよう。
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by yuheihosono | 2006-09-30 18:30 | ヨーロッパ周遊旅行記

ヨーロッパ周遊旅行記 第二十一日目 地中海ドライブ

2006年8月26日 イタリア ジェノバ近郊→スペインバルセロナ近郊

今日は地中海の海岸線を900キロドライブ。

朝、素晴らしい風景に出会った。

イタリアからモナコに抜ける時、そのヨーロッパアルプスの最後の
山間部を通った。

緊張を強いられる急峻なトンネルの連続に辟易していたところに、
突如として地中海の紺碧の海が目の前に広がった。

劇的な視界の変化に、声を上げてしまった。

南部アフリカを周遊したときもそうだったが、厳しい内陸の旅を抜け、
海に出会うとき、まるで我が家に帰ってきたような
懐かしく暖かい気持ちに包まれる。

かつて、古代人達が、命がけでアルプスを抜けてきて、
地中海の紺碧の青に出会った時の感動は、
いかばかりだっただろうか?

母なる海、その言葉の意味を実感した瞬間である
そして、地中海一のリゾートであるモナコに到着。
a0032888_16403679.jpg


それまで、急峻な崖にへばりつくように家がまばらに散っていたのが、
ごく狭いこの一角にだけ、高層ビルが林立し、
大型のクルーザーが大都市の路上駐車のように
ところ狭しと並んでいる。
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膨大な資本がこのわずかな土地に投入されているのがよく分かる。

時間が無いので、一時間ほどサンドイッチをほおばりつつ散歩しながら、
モナコを後にする。

モナコのすぐ隣30キロほどのところに、これまた世界的に有名なニースの
町があるが、時間の関係上パス。

その他の地中海沿岸の著名都市群、マルセイユ・モンペリエ等も、泣く泣くパス。

わずか一日で、フランスを突きぬけ、一気にスペインバルセロナに到着。

本当は、地中海沿岸で一泊の予定を一気に一日縮めた。

これで、明後日の朝には牛追い祭りへの参加の見通しが立った。

自分を支えてきた、昔の旅の情熱が戻ってきた。

あと一週間、強烈なスケジュールが続くけどがむばるぞ!
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by yuheihosono | 2006-09-30 16:44 | ヨーロッパ周遊旅行記

ヨーロッパ周遊旅行記 第二十日目 再出発

2006年8月25日

すでに当初の予定より4日間スケジュールは遅れていた。
今日のうちに、600キロ先のイタリア・ジェノバまで進めなければ、
スペインで予定している牛追いかトマト戦争をあきらめる必要があった。

600キロは東京・神戸に匹敵する距離である。
ヨーロッパアルプスを夜越えることは避けたい。
できる限り早朝の出発を目指し行動を開始した。

9時に届く鍵を取りに行くため、7時にジュネーブのユースホステルを出発。
30分で到着するところが、電車を2回乗り間違え、8時20分に到着。

でも、余裕で鍵の到着を待てるはずだった。

しかし、郵便配達人はこういう日に限って、勤勉である。

なぜか、すでにポストには配達証明が入っている。

ドリスの名前で来ている郵便物なので、隣町の病院で働くドリスの
ところまで行き、身分証明書を借り受け、郵便局にいく。

身分証明書を受け取り、郵便窓口で郵便物の引渡しをお願いする。

が、、、ついてない時はどこまでもついていない。

郵便配達の人間が郵便物を持っているので今日はあきらめろと言ってくる。

でも、ここで引き下がるわけには行かない。

だって、もう、帰る家が無いんだもん。

ということで、何とかしてくれと、泣き落とし。

そして、郵便配達人が帰る午後の3時にまた来いということになった。

運命の3時。

5日間待ち続けた鍵を、ついに入手。
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車のトランクを開けると、そこには、もう一つのキーが博物館の展示品のように
きれいに保管されていた。

鍵一個で食らった足止め5日間。

アフリカでも南米でも南極でも記憶に無いこの挫折。

でも、その挫折で蓄えられたエネルギーが一気に噴出した。

時間は午後4時を回っていた。

夜のアルプス越えを覚悟する必要があった。

でも、久しぶりに得た行動する自由の前にはそんなこと関係ない。

時速120キロでスイスの山道ドライブに突入した。

スイスの山道ドライブは、実はかなりの緊張を伴う。

トンネルの連続の上で、かなり勾配がきつく、更にトンネル自体が
急カーブなので前が見えないのである。
(どういう設計思想なんだろう?)

父とのドライブ中にも一度、カーブを抜けた先に道のど真ん中で
車がエンストしていて、危うく追突しそうになったこともあった。

そして、今日も、トンネルのど真ん中に、破裂したタイヤが落ちていた。(泣)
しかも、キャンピングカー用のでかいタイヤ。

幸い隣のレーンだったので僕は大丈夫だったが、
僕と併走していた車がいた。

彼は強烈な急ブレーキをかけ、
そして後方から衝突音がした。

一体彼はどうなったんだろう?

併走していた彼がパニックになって、
俺の方にハンドル切っていたら、やばかった。

彼の冷静な判断に救われた。

ジュネーブを出ると、スイス国境付近での休憩。

3時間近く極度の緊張状態で走ったため、
車を降りた瞬間にめまいで倒れそうに。

でも、何とか持ち直して、イタリアの北部の平原地帯に進入。

イタリア北部の穀倉地帯で夕暮れを迎えた。

それは、心打たれる風景だった。

麦畑の彼方に夕日が沈むとき、空はフラットな地平線を赤く染め、
大地は小麦の黄色に染まった。

ところどころ、まばらに立つ木々が幻想的な
シルエットを作り出している。

もし、もう少し時間が与えられていれば、ぜひあの風景に佇んでみたかった。

名も無き土地に、世界のどこにも負けない風景がある。

その事を教えてくれる典型的な例だった。

夜もとっぷりくれた頃、ジェノバに到着した。

が、ジェノバは町の雰囲気が怖い。。

町に人通りが無い。

コロンブスを生んだ港町なのでぜひ一泊したかったのだが、
国際的な港町は確かに治安が悪いケースが多い。

ということで、ジェノバの隣町まで行き、その日は一泊。

実に8時間で600キロをぶっ通しで走った。

写真が撮れなかったのは残念だけど、また旅が進展を見せた。

明日は、古代よりヨーロッパ史を彩ってきた地中海のドライブである。
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by yuheihosono | 2006-09-30 16:16 | ヨーロッパ周遊旅行記