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2006年2月から4月で南極・南米を周りました。7大陸訪問達成!連絡先は以下でお願いします yuheihosono@hotmail.com
by yuheihosono
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<   2006年 06月 ( 17 )   > この月の画像一覧

世界の朝ビデオ

入院前の置き土産。
これまでの世界旅行でとった朝の写真だけのフォトビデオ。
ダウンロードして、見る時はAlt+Enterで大画面でお楽しみください!
http://proxy.f3.ymdb.yahoofs.jp/bc/44522a76_9741/bc/c921/%c0%a4%b3%a6%a4%ce%c4%ab.wmv?BCHaxoEB2Y_0SD9Z
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by yuheihosono | 2006-06-29 08:35 | 日常

入院してきます!

明日から肩の反復脱臼の整復手術のため1週間程入院してきます。

そもそも肩の脱臼歴は4回。

記念すべき第一回目は、ヒマラヤ山中の寺院で
お寺の階段を滑って落ちた時。

一眼レフカメラとデジタルカメラと
ビデオカメラを抱えていたため、右手でこれらを守り、
左手一本で手すりをもったら、左肩が外れた。
その後、肩は自動的に整復され、、翌日ヘリでふもとの病院に搬送。

第二回目は、入水鍾乳洞という阿武隈鍾乳洞の近くにある洞窟を探検中。
ほふく前進で進むような洞窟の一番奥で、突然肩がはずれた。
で、どうしても岩の間から脱出できなくなって、レスキュー隊により救出。
洞窟内の気温は水温7度、気温13度なのに、
Tシャツ・サンダル・短パンだったので、
もう少し救助隊が遅かったら、凍死してた。

第三回目は、長野のラブホテル。
旅のお金をセーブするために、ラブホテルに泊まって
手をベットについてテレビを見ていた際に、
でかいくしゃみをしたら、拍子で肩が外れた。

救急隊員達がラブホテルに興味津々で入ってきた時の光景は、
今でも忘れられない。

第四回目は、ボリビアのチチカカ湖。インカ帝国発祥の伝説もあり、
未だに数百年前からの変わらぬ生活を営んでいるこの島で、
水温が一ケタ台なのに、なぜかスイス人とドイツ人の
友人達と泳ごうと言うことになった。

で、泳いだら、肩が外れた。

未開の島で、救助もないまま20時間の苦悶。 
たまたま遊んでいたスイス人とドイツ人の女の子達がプロの看護婦だったから
完璧な看護を受けられたけど、地元の自称医者の人たちに肩を入れるのを
何度も失敗されて、人生最大の苦痛を味わった。
最後はボートをチャーターして自力で脱出。入院。

ということで、もう、脱臼はこりごりなのです。

江戸川病院というところで受けてきます。
http://www.edogawa.or.jp/raiin_annai/access.html

7月6日ぐらいまでいますので、時間のある方はぜひ遊びに来てください。
苦痛には耐えられても、暇には耐えられません(笑)
面会時間は午後2時から8時らしいですが、呼び出しがあれば普通に脱出します。

じゃ、いってきます!
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by yuheihosono | 2006-06-28 22:17 | 日常

ヒデ、かっこよすぎるよ!

サッカー日本代表のヒデのWebサイトが
ブラジル戦を前に最後のアップデート

以下、抜粋。
ともかく、守らなければならないものは唯一

“誇り”

これまでの自分の人生の為に、これまでの自分に関わってきてくれた全ての人の為に、そして最後の最後まで、自分を信じ続けてくれているみんなの為に、すべてを尽くして戦ってきたいと思う!! この試合が最後にならないことを信じ続けて……。

http://www.nakata.net/jp/hidesmail/hml277.htm

自らの人生と数千万の人間の思いを胸に、
がんばれ、ひで、日本代表!
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by yuheihosono | 2006-06-22 17:21 | 日常

南極・南米周遊記 第6日目 リオでの出会い

<2006年3月1日@ブラジル リオデジャネイロ>

リオデジャネイロに再び戻ってきた。
空港到着後、インフォメーションで宿を探していると、
隣に日本人らしき青年が宿の情報を仕入れていた。

話をしてみると、メキシコからアルゼンチンまで南下して
3ヶ月ほどかけてここまでたどり着いたらしい。
今日がその長旅の最終日だということ。
このブラジルから旅を始める僕と、旅を終える彼。
これも何かの縁ということで、今日一日リオを一緒に回ることにした。

彼の旅の前の話を聞くと、一年ほどカナダの各地の農場で、
ファームステイを転々としていたという。
ワーキングホリデーかと思ったが、そうではなく、滞在費を
払わないでいい代りに、収入も得ないという条件で、
海外に1年ファームステイが行えるウーフというプログラムが
あるのだという。


海外との交換プログラムには結構情報を張り巡らせていたはずなのに、
意外と知らないプログラムがあるものである。

彼はどうもお金を使い切ってしまっていたということだったが、
サッカーフリークだということを聞いたので、
マラカニアンスタジアムの入場料を旅のお祝い代わりに
おごってあげた。

彼のコメントは最高で、
「今まで旅で見てきたどの遺跡よりも感動しました。
本当にありがとうございました!」
というものだった。

サッカーを何より愛しているという彼の人生に、
よい影響を与えられたなら本当にうれしいのだが、
世界屈指の遺跡であるマチュピチュとか見た上で、
マラカニアン最高!といわれてしまうと、
これから見に行く僕としては、若干不安になってしまう。。。

Woof、後で調べてみたらあった。
http://www.wwoofjapan.com/japanese/about-j.shtml
有機農業に興味のある若い世代に海外で働く
機会を与える団体なんですね。ふーむ。しらんかった。
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by yuheihosono | 2006-06-22 17:04 | 南極・南米旅行記

南極・南米周遊記 第5日目 世界遺産・サルバドール

<2006年2月28日@ブラジル サルバドール>

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昨日のサルバドールのカーニバルにはちょっと失望したけれど、
赤道近くの海岸線の美しさ、そして世界遺産に指定されている
旧植民地の雰囲気を色濃く残したサルバドールの町並みは
本当にすばらしかった。

カーニバルもそこそこに撤収したおかげで、早朝からビーチに
写真を撮りに繰り出した。

大西洋の彼方から朝日が昇り、早朝でも強烈な日差しが差し込んでくる。

熱帯の朝の空は、どこまでも深く青い、紺碧の空。
ピーチに沿って弓なりに連なるやしの木と、
この紺碧の空は良く似合う。
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渚が朝日を反射して光り輝き、熱帯の大きな雲達が空に描いたように
ぽっこりと浮かんでいる。
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これからの長い旅の始まりを祝福してくれるような、すばらしい朝の情景。


昼からは、サルバドールの市街地を見て回った。

世界遺産に指定されている町並みは
どこから写真にとっていいのか悩むぐらい、
久しぶりに写真家としての心が弾んだ。

赤道間近の強烈な日差しの中で映える青い海。
すすけて汚れた歴史を感じさせる建造物。
曲がりくねった古い石畳の通り。
よい。とても、よい。
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カーニバルはもうちょっとうんざり&体調よくないので、欠席。

宿のおじさんがなぜ俺が宿にいるのか不思議そうに見ていた。
そりゃそうだよね、みんなカーニバルに世界中から来ているのに、
朝出かけて夜寝るのは俺ぐらいだよね。(笑)
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by yuheihosono | 2006-06-22 16:15 | 南極・南米旅行記

南極・南米周遊記 第4日目 サルバドールのカーニバル

<2006年2月27日@ブラジル リオデジャネイロ→サルバドール>

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朝、リオのカーニバル会場で最後のチャンピオンチームの踊りが終わると
時計は9時を回っていた。そのまま空港に戻り、もう一つのカーニバルの聖地
サルバドールに向かう飛行機に飛び乗った。

サルバドールに着くと、いきなり到着ゲートでコンドームが配られた。
やってもいいけど、病気はひろめるな。。。
日本では見られない、非常に現実的なリスクマネージメントである。

リオも暑かったが、サルバドールは南緯10度。
ほとんど太陽が垂直に照らしてくる灼熱の土地である。

そして、サルバドールは今回の旅行の全行程の中で最も危険な土地である。
リオもとりわけカーニバル中は無法地帯となることで有名であるが、
カーニバル中のサルバドールはそのリオでさえ比にならないぐらい、
スリ・強盗がいたるところで頻発する。

数年前にこれに参加した友人も実際に路上強盗に会っており、
スリ・路上強盗に出会うことを100%保証してくれた。。。
ロンリープラネットも、絶対貴重品を持って踊りに行くな、
金は小銭を靴に入れろとアドバイスしているほどである。

これほど危ないと言われているにも関わらず何故行くのか。
それは、このサルバドールが、リオに勝るとも劣らない
カーニバルの聖地であるから。

僕の旅の計画を立てる時のルールは唯一つ。
世界で最もすばらしいと言われるものを見に行くこと。
砂漠でも・海でも・山でも・川でも・祭りでも。。。
例え危険があったとしても、
サルバドールを避けるわけには行かないのである。

リスクに対する覚悟が決まっているなら、いかに
リスクを受容できるレベルに抑えるかを考えるだけのことである。

盗まれるものの被害をいかに最低限に抑えるかがポイントとなった。
町に一眼レフやビデオカメラを持って入れば、かもねぎ状態である。
一瞬で強盗集団に囲まれて、ぼこぼこにされてしまう。

でも、僕の旅の目的である、写真撮影を捨てることはできない。

と言うことで、小型のデジタルカメラをベルトの部分に紐を通してつるし、
短パンの内側に入れ、外側からは持っていることに気づかれにくくして、
ポケットをまさぐっても絶対にスレないようにして持っていくことにした。


リオのカーニバルでは、観光客はプロの踊りをみるだけであるが、
サルバドールのカーニバルでは、観光客が地元民と一緒に
なって踊れる。

具体的には、地元のバンドチームがブロコとよばれる一軒家ほどもある巨大な
トラックの上で、歌と演奏をし、そのトラックの前後のスペースで
そのブロコのT-shirtを買った観光客が踊りながら町を練り歩くのである。

言ってみれば歌手と観客が道路を踊りながら移動する、動くコンサート会場
のようなものである。

この車の前後のスペースはそのブロコのチームの関連者がロープを持って
30メートルほど、自分たちのスペースとして確保し、地元民が入れないように
ガードしている。地元民たちはそのロープのすぐ外側で踊っている。

このロープの中にいる限りは、比較的安全に楽しく踊れるけれど、
この外側はローカルの人々と交流できる反面、何でもありの無法地帯となる。

ロープ内の参加者同士でさえ、とりあえず手近な人間とキスしようと
しているぐらいで、その外側は女性はちょっと歩けないし、自分の彼女を
ここにつれてくるのは無謀である。

特に地元民の女の子で黒人はターゲットだった。
白人の女の子には地元民も多少の遠慮があるのか控えめだったし、
実際白人の女の子は反撃していた。


僕は、結局、このサルバドールのカーナバルは30分ぐらいしか踊らなかった。
ポルトガル語の歌詞が全然わからないし、知り合いが一緒にいないと
大体みんなカップルとかグループできているので簡単に溶け込めないのである。

ということで、ブロコから抜け出し、スリの連中がポケットをまさぐるのを感じ
ながら人ごみを掻き分けて出て行ってしまった。

よっぽど踊りが好きで若くないと、このサルバドールのカーニバルはしんどいですわ。

俺の中では世界最大の祭典はリオのカーニバルですね。

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サルバドールカーナバルイメージ。(危なすぎて撮影がほとんどできなかった。。。)


#ただいま、朝のライフスタイル提案サイト"朝時間.jp"で旅行記連載中!
http://www.asajikan.jp/wmphoto/morningoftrip/
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by yuheihosono | 2006-06-22 11:28 | 南極・南米旅行記

南極・南米周遊記 第3日目 リオのカーニバル

<2006年2月26日@アルゼンチン ブエノスアイレス→ブラジル リオデジャネイロ>
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昨日夕方にニューヨークを出発し、早朝Buenosu Airesに到着。
僕にとって初めてのの南米大陸進出。

アメリカ留学時代、南米はひたすら治安の悪さばかりを耳にした。
だから、ブエノスアイレスの空港内でも相当に身構えて
パスポートコントロールを出た。

が、空港にいる人々の顔を見ても、いわゆる発展途上国の
空港で感じるような、旅行者を狙う殺気はほとんど感じないのである。

そして、空港の外を見渡すと広大な平野にうろこ雲が、
地平の彼方へと延びているのが見えた。

とても暖かな日差しが降り注ぐ平和の象徴のような日。
南米への上陸ということで、気合の入った僕にとっては拍子抜けするぐらい
牧歌的な雰囲気が漂っていた。

しかし、僕の今日の最終目的地は隣国ブラジル・リオのカーニバルである。
午後一番で、飛行機を乗り継ぎ、Rio De Janeiroに向かった。

飛行機がブエノスアイレスを飛び立つと、広大なラプラタ河が眼下に広がった。

世界中いろいろな場所を見て回ってきたが、この河の広さにはたまげた。
以前中国で黄河を見たときには、旱魃のせいで100メートルぐらいの
川幅しかなく、えらくがっかりした。
でも、このラプラタ河は優に数十キロの川幅がある。
飛行機から見下ろしているのに、視界に入りきらないほどの川幅なのである。

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-ラプラタ河。左岸がアルゼンチンで右岸がウルグアイ。
でも広すぎて航空写真でも写んない

これがワールドクラスの大河。
南米の持つ大自然のパワーに初めてしびれた瞬間だった。



Rio De Janeiroに到着したのは、午後5時50分。
リオのカーニバルが開始される21:00まであまり時間がない。
まず、ホテルを探すべく空港のInformation Centerに立ち寄った。
が、いつもなら5000円程度の宿が一泊2万円もする!
いやなら、空港で寝るしかないわね、とカウンターのお姉さんに言われ、
あえなく空港で寝ることを決意。。。
大型の荷物はロッカーにあずけ、取り急ぎ会場に急いだ。


会場から大分離れたところでバスを降ろされたのだが、
サンバの太鼓の音が地鳴りのように聞こえてくる。
音のする方向に近づいていってみると、大通りいっぱいに
サンバのリズムで地元民がハイテンションで踊り狂っている。。

どう考えても、この集団の中にビデオカメラと一眼レフカメラと持金の
すべてが入ったバックパックを持っている状況はよろしくない。
襲われて荷物を取られたらいきなり旅行がゲームオーバーである。

近くにいた警官をつかまえて会場を聞き出し、会場に向けてダッシュした。
途中何人かに声をかけられたり、スプレーを吹き付けられたりしたが、
振り切って何とかカーニバル会場に到着。


リオのカーニバルの会場は700メートルの細長い演舞会場を
両側から観客のスタンドが取り囲み、カーニバルのチームは間を通り抜けていく。

一チームの人数は約3500人もおり、一晩に7チームが踊ることになる。
つまり、一晩で2万人強の踊り子がスタジアムを通り抜け、これが
4日間も続くことになる。

そして、この3500人の踊り子達は、隙間もなしに密集隊形で突入してくる。
踊りの祭典項目の中に、どれだけ間隔をあけずに踊れるかと言うのがあるため
との事である。そのため、ものすごい密度で踊り子が押し寄せるのであるが、
一人ひとりが、紅白の美河憲一顔負けのド派手なコスチュームを着て
3階建ての建物に匹敵する巨大神輿と共に、大音量で乗り込んでくる。


そして、このカーニバルは、どのシートで見るかと言うことで
楽しみ方が全く変わってくる。。

僕の買ったチケットは、外人用の高額シートで、安全に写真やビデオを
まわして取りたいと言う人向けである。定価は一万強ぐらいのはずだが、僕は
きっちり450ドル取られたけれど。シートの種類で行くと、この日記の一番下に
添付したが、9のスタンドに当たる。更にいいシートは、自分の正面側の
席で、スポンサーシートと呼ばれる席。」ここなら、手が触れられるぐらいの距離で
あの踊り子達が突入してくる様が見える。でも、一人1500ドルぐらいするとの事。

一方、地元の人でも見れるような数百円で買える安い席は、
踊り手たちから大分離れているが、正に興奮のるつぼである。
サッカーのゴール裏のサポーターがが万単位でいるようなものだ。

写真・ビデオを安心して間近で撮りたいなら
数万払った金持ちシートがお勧めだが、
熱狂的な地元民と地元の熱狂を味わいたいなら、
数百円のチケットの方を買うべきである。
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踊り子達の膨大な数と豪華絢爛な衣装。。。祭りの規模が桁違いだわ。


やがて、踊り子の中に、上半身完全ヌードの美女軍団が出てきた。
それまで比較的静かだった観客の男性が一斉に総立ち。
ただでさえでかい外国人男性が手を目いっぱい伸ばして撮影を敢行するので、
前が完全にさえぎられてしまう。

これは正にダーウインの進化論。。。
小さいキリンは高いところにある食べ物が食べらず、みんな死んでしまって
彼らはあんなにおおきくなったんだよ、と言うお話。
小さいキリンの気持ちが痛いほど分かった。
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は、観客の手の間を縫って撮影された貴重な映像


やがて、隣のおばさんから、つたない英語を聞き取っていると、、
このリオのカーニバルは徹夜で行われるらしいことが分かった。

でも、確かに、9時スタートで、一チーム80分の持ち時間なのに、
出場チームが7チームもある。単純に考えて終わるのは朝の6時。。。
休憩時間を入れれば、余裕で日の出の時間である。

しかも、よりによって、過去3年連続で優勝したチームが、
この日最後の出場チームということも判明。
しかたがないので、朝までカーニバル会場にいることを決意した。

でも朝の4時ぐらいになると眠くて見てられない。
金持ちの団体客たちはほとんど帰ってしまっている。
僕のいるブロックは金持ち専用ブロックで非常に安全だったため、
コンクリの上にカバンを枕にして仮眠を取ってみた。
まさか、サンバの大音響の中でバクスイする自分がいるとは
夢にも思わなかった。。。

結局、実際に最終チームの踊りが終わったときには、朝の8時を回っていた。
夜中の9時から11時間の熱狂。
しかも、朝になると金持ちシートはがらがらだが、
地元シートは以前として満員御礼のままなのである。

踊り子達の情熱的もすごいが、この地元の観客の熱狂は勝るとも劣らない。
Passion Lives Here。
人類最大の祭典とは、人類最大の熱狂だった。
VIVA BRASIL!!!

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これが、会場の見取り図。左から右に踊り手が流れます。
僕はセクター9で観戦。
熱狂的な観客は一番右手側の奥まったシートにいます。


#ただいま、朝のライフスタイル提案サイト"朝時間.jp"で旅行記連載中!
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by yuheihosono | 2006-06-21 21:16 | 南極・南米旅行記

南極・南米周遊記 第2日目 ペンギンの着ぐるみ探し

<2006年2月24日@アメリカ ニューヨーク>

明日の南米出発に備えて、ニューヨークで最後のお買い物。

この旅行の計画を立て始めた時、
せっかく南極大陸に行くので、何か人類がまだ成し遂げていない事を
やろうと考えをめぐらした。

そして、思いついたのがこれ。

「ペンギンの着ぐるみを着てペンギンと一緒に写真を取る」

そして、4月に結婚する友人の結婚式会場で、
「結婚おめでとう!南極のペンギンも祝福しているぜ!」
というビデオレターを放映する計画を立てた。

幸い、日本ではコギャル達が動物のぬいぐるみを着て渋谷を徘徊する、
という有史以来の意味不明な文化を育んでくれたおかげで、
ペンギンの着ぐるみを購入するのは極めて容易なのである。。。。

が、、、、出発前のどたばたで、購入を忘れてきてしまった。(泣)

そのため、このニューヨークで買うことになってしまったのである。

取り急ぎ、Webで情報検索をしてみると。。。。

あるじゃん!!!
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やばい、この馬鹿っぽさ。イメージどおりだ。
こんなもので南極大陸を歩く人類は俺が一番初めに違いない。

でも喜んでいたところ、とんでもないことが発覚。

これ、シカゴからの配送なので、明日出発の俺には間に合わない。。。

だめじゃん。。。

その後、NYの街中に繰り出すも、見つからず。。。

む、無念。

南極大陸へのペンギン着ぐるみの上陸はお預けとなってしまった。。。
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by yuheihosono | 2006-06-21 15:53 | 南極・南米旅行記

南極・南米周遊記 第1日目 ニューヨークで詐欺未遂

<2006年2月24日@アメリカ ニューヨーク>


2002年にインテルを退社して南部アフリカを周遊した時以来の
大旅行に出ることになった。

今回は、アメリカ経由で南米大陸に入り、南米大陸の南半分側を周遊と、
南極大陸の沿岸訪問を行う。

3大陸をまたにかけたアフリカ大陸以来の大旅行になる。

2月22日に会社を退職してから、わずか2日。
とうとう南米へ出発地となる、ニューヨークに着いた。

しかし、開始早々、勝手見知ったはずのニューヨークで詐欺に会いそうになった。

ニューヨークにはJFK・ニューアーク・ラガーディア
という3つの国際空港があるが、到着したニューヨークJFK空港
から市内までの交通はAirTrainという電車から
地下鉄を乗り継いでいくことになる。

実は僕はJFK空港を利用するのは初めてで、Air Trainの利用も
ガイドブックを読んで初めて分かったぐらいであった。

到着後、Air Trainの場所を黒人の案内係のお姉さんに聞いたのだが、
いまいち場所が分からない。

すると、トランシーバーを持った黒人の男性が
Air Trainはこっちだといって、誘導をしている。

黒のスーツを着ていて、トランシーバーを持っているので
まあ信用できそうな雰囲気をかもし出している。

まさかアメリカでだまされるほど旅の素人でもないし、、、ということで、
すごすごとその黒人の後に従っていった。

空港の外側の駐車場まで誘導され、そこに停めてある
妙に高級そうなワゴンに荷物を置けといってきた。

あやしい。

公共交通機関の利用に、わざわざ自動車を利用するなんて、
どう考えても運用コストが割に合わない。。。

これは絶対罠だ。。。

これまでの旅で培われた直感がアラームを鳴らしてきた。

車のトランクに荷物を置いてしまえば、荷物を人質にどこにでも拉致できる。

以前、ケニアで同じ間違いを犯して、黒人のタクシードライバーに
拉致された事を思い出した。

トランクにおろしかけたバックを背中に載せ換え、忘れ物してきたと
叫んで、黒人の兄さんの制止を振り切り、空港までダッシュ。

空港に戻ると、やっぱり自分の勘は正しかった。AirTrainの改札は
別のゲートから徒歩5分で着くところにあった。

あとで係りの人に聞いたところによると、Air Trainまでつれていくといって
観光客を車に乗せて、法外な金額を請求するグループがあるとの事。

旅のトラブルは、自分が全く予想もしない方向からやってくる。
まさか、何度も訪れているNYでトラブルになるとは思わなかったが、
やっぱり初心に戻って気合を入れていかねばならない。

まず自分の体と写真を無事に日本に帰還させる事。
そして旅の経験を周囲に伝え、他の人の人生に良いインパクトを与えること。

この二つができて、初めてその旅は成功だったと言える。

徹底した情報収集と細心の注意。
旅の成功に不可欠な、この二つのキーワードを
思い起こさせてくれた事件だった。
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by yuheihosono | 2006-06-21 14:44 | 南極・南米旅行記

出会い

最近、実家以上に頻繁に訪問している友人宅で、
またとてもすばらしい出会いをさせてもらった。

夜の十時に、
「今日はすばらしいメンバーが集まっているから、今から来れる?」
と携帯に電話がかかった。

近所の公園でマラソンをしていたのだが、
そのまま自宅までランニングしてお財布を取り、会場へ直行。

今日のメンバーは、友人宅のお母様がNYで知り合われた
僕より若干若いぐらいのメンバー7人ほど。

いや、でも、皆熱い。そしてバックグラウンドもすごい。

NYでアパートを経営している25歳の経営者から、NPOの語り手、
公認会計士補、V6を撮影したプロカメラマン、、、

それぞれに全く違うバックグランドだからこそ、興味の尽きない話が山ほど出る。

特にプロカメラマンはささった。
グラビアアイドルの撮影の馬鹿話から、写真論にいたるまで、
本格的にカメラについて語れる同年代は大きな発見だった。

プロのカメラマンに、自分の風景写真を見てもらったら、刺激になった
と言ってもらえたのは嬉しかった。

いつもながら、出会いは人生の可能性と選択肢を広げてくれる。
その出会いを与えてくれるT家の皆様には、本当に感謝感謝である。
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by yuheihosono | 2006-06-21 09:16 | 日常