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2006年2月から4月で南極・南米を周りました。7大陸訪問達成!連絡先は以下でお願いします yuheihosono@hotmail.com
by yuheihosono
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南極・南米周遊記 第11日目 南極への道

<2006年3月5日@ドレーク海峡>

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ドレーク海峡は、世界で最も荒れる海としてその名を馳せる。

そのからくりは以下のとおりである。

南極大陸中央部は、標高4000メートル近くの標高があり、
冬季には地球の低温レコード記録である、
マイナス89.2度を記録するほどの極低温地帯となる。

冷たい空気は暖かい空気より重いため、この中心部で極度に
冷やされた空気は、南極大陸のさえぎるものなき氷の大地を
一気に数千キロにわたって下り落ちる。

この風は、特にカタバ風とよばれ、風速は時速300KMを超える
暴風となるのである。時速300KMとは、秒速83Mである。
台風の目の中の暴風域と呼ばれる風速が秒速25Mである。
台風の暴風域の3倍強の風が南極大陸から南氷洋に噴出し、
巨大な並みのうねりを作り出す。

この風は、地球の自転の関係で東向きに噴出すので、西から東に
向かって巨大な並みのうねりが生み出される。

そして、南極大陸と他の大陸との間には、南極半島から南米大陸まで
の1000キロを最も狭い海峡として他にさえぎるものは無い。
このため、南極から南米の南端までの間に横たわるこの海峡では、
うねりのパワーが狭い海域に集中し、世界で最も荒れる海として
有名なドレーク海峡を作り出すのである。

この荒れる海の船旅は南極に向かう航海者の間で数多くの
伝説を生み出している。

大荒れの海の時は、波の大きさも30メートルを超え、
船の最大斜度は50度にも傾く。

こうなると、食事をしていても、固定されている机につかまっていないと、
吹っ飛ばされてしまう。
ツアー会社の人と話をしていても、前回の船旅では、
椅子に座ってた人が大きな横揺れで、そのまま食堂の端から端まで
椅子に乗ったまま滑っていくのを見たことがあるそうである。

でも残念ながら(?)、今回の航海では今日の午後にそれなりに揺れただけで、
まだ噂に聞くような激しい揺れにはなっていない。

それでも、最上階である7階Deck直下の図書館で船の舳先を見つめていると、
水平線と比べると自分たちが20度から30度くらい傾いているのがよく分かった。
食事中でも、大揺れが来るとキッチンのほうから皿が割れる音が聞こえてきた。
a0032888_931697.jpg

↑ゆれないと言っても、スープぐらいは普通にこぼれます。

午前中と夕食後にそれぞれ南極大陸の探検で有名な
シャクルトンの講義と映画の上映があった。

20世紀初頭、南極大陸の横断を計画した英国のシャクルトンの探検隊は
船が氷に閉ざされて破壊されてしまう。
通常ならここで話は終わってしまうのだが、彼らは救助ボートを氷の上に下ろし、
流氷と共に氷の海を北上。
流氷が尽きて開氷面が見えたところで救助ボートを海に下ろし、
実に1000キロを超える世界最悪の海を走破。
捕鯨基地がある南極圏にあるサウスジョージア島に漂着。
氷に閉ざされたサウスジョージア島の3000メートル級の山々を
乗り越えて捕鯨基地で救助された、人間の究極の底力を教えてくれる
まさに奇跡のストーリー。

絶望のふちにあっても、常に毅然とした態度をとり、部下の心を読みきり、
勇気を与え続けた最高のマネージメントの例としてビジネススクール
などでも教えられている。

いかに絶望的な状況でも希望を持ち、決然と行動することの尊さを
教えてくれるこのストーリー。本も出ていますので、ぜひ見てみてください。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4566052672/qid=1152316314/sr=8-1/ref=sr_8_xs_ap_i1_xgl/503-4465730-2163153
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by yuheihosono | 2006-07-08 08:53 | 南極・南米旅行記
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